めぐる季節をたのしむ
春が近づくと、ふきのとう、つくし、わらびがあちらこちらに顔を出す。田んぼにはレンゲが咲き、山を見れば緑の中にやさしい山桜や藤の花が見つかる。いのししに食べられてしまう前に、土からほんの少し頭を覗かせたたけのこを探す。近所の農家さんが育てたいちごでジャムを炊き、畑で採れたえんどう豆で若草色のスープを作る。

初夏になれば、田んぼに水が張られ、カエルの合唱が始まる。水田に小さな稲が植わると、光を放ち飛び交う蛍に出会う。雨露輝く紫陽花が家の軒先を彩り、畑にはトマト・とうもろこし・茄子・ピーマンとカラフルな夏野菜たちが力強く実をつける。梅や杏はシロップやお酒へと仕込む。地蔵盆には子どもたちの声が、高らかに響く。

秋が涼やかな風を連れてくる。コスモスの花が揺れ、稲穂が頭を垂れ始める。近所のおじさんがくれる無花果でコンポートを作り、栗は渋皮煮や栗ごはんに姿を変える。庭の金木犀が甘く香り始めたら、稲を刈るコンバインの音があちらこちらから聞こえるようになる。自分で植え、刈り取った新米は瑞々しく甘い。山は少しずつ色をつけ、軒先には柿が成る。
冷たい空気が満ち、冬が訪れる。畑にはきゅっと締まった葉物野菜が青々として、土のなかにはじっくりと甘味を蓄える根菜たち。収穫し乾燥させておいた小豆を炊いてあんこを作る。葉牡丹やしめ縄を準備し、かまどでもち米を蒸し、お餅を丸めていく。年が明け、近所のお宮さんにお参りする。近くの酒蔵のお酒を呑み、お雑煮のお餅はきな粉につけて食べる。春を迎える前に、急いでお味噌を仕込むのも忘れない。

何もない町から都会の街へ
高取町を紹介しようとすれば、「日本最強の城」にも選ばれた「高取城跡」や城下町の街並みが残る「土佐街道」がまず挙げられる。私が暮らす「与楽(ようらく)」という集落は、それらのエリアとは離れた場所にあり、山に囲まれ、民家がぎゅっと密集し、そのあいだに田畑のある里山風景が残る。となりの集落とは少し距離もあり、隠れ里のようだといつも思っている。

幼い頃の遊びといえば、山に探検に行ったり、虫を捕まえたり、秘密基地を作ったり、古墳のなかに入ったり。車通りも少なく、耳に届く音といえば、畑に向かうおっちゃんおばちゃんのバイクの音と、虫や鳥の声くらいのものだった。窓から見えるのは代わり映えのしない退屈な景色で、私はこの場所になんとも言えない閉塞感を感じていた。
刺激のない、狭い世界から抜け出したくて、迷うことなく県外への就職を決め、一人暮らしを始めたのは二十歳のときだった。それから9年近くを神戸で過ごした。仕事帰りに同僚とカフェでお茶をしたり、終電が過ぎるまで呑んでタクシーで帰宅したり、休みの日はふらっと歩いて買い物やランチに出かけたり。都会の便利な生活を謳歌する日々。
そんなある日、私は新潟の廃校や空き家を活用したアートイベントで、一人のおじいさんに出会う。山深い集落の会場で、そのおじいさんは「若いもんはみんな街に出てしまい、人が少なくなったからもう祭りもできなくなってしまった」と少し寂しそうに言った。
なんとなく、今地方の農村はそんな状況にあることは知ってはいたけれど、リアルに感じたのは初めてだった。奈良も全体の半分以上が山間部だし、状況はきっと同じはず。「何か力になることができたらいいのに」。心の隅っこに、そんな想いが芽生えた。
何気ない毎日に幸せがあった
昔から写真を撮ることや食べることが好きだったのもあり、SNSの出現も手伝って、さまざまな場所に出かけるようになった。奈良に帰ることも多くなり、景色の綺麗な場所や花の名所、おいしいお店を見つけては訪ねた。
「直売所に並ぶ季節の野菜や果物でジャムを作ってみよう」「梅を漬けてみよう」「花を買って帰ろう」。自分の興味の向く先もだんだんと変化していく。家の庭にハーブを植え、祖父母と一緒に畑に行って野菜を収穫する、そんな時間が楽しくなっていった。次第に街での生活を退屈に感じるようになり、実家に戻って暮らすことを決めた。
畑や田んぼを手伝ったり、花を育てて飾ったり、保存食を作ったり。そんな風に高取町でもう一度暮らし始めると、わたしの生活に季節のリズムが生まれ、自然や旬を楽しみながら過ごす何気ない毎日に幸せを感じるようになる。自然がそばにあり、自分の手で食べ物を作る。昔から続いてきた何でもない暮らしのなかに楽しみがある。
私が生まれ育った町はそれを感じることのできる場所なのだと気がついた。

わたしが選ぶ心地いい暮らし
そんな自然豊かなところでありながら、高取町は市街地へのアクセスも悪くない。スーパーやドラッグストアはもちろん、お隣の橿原市に行けばショッピングモールだってあるし、病院にも困らない。1時間電車に揺られれば、大阪にだって出れてしまう、実はとても便利な場所なのだ。
実際に、住民の多くは隣のまちや大阪で働いている。自然を楽しむ暮らしだけでなく、街の暮らしも取り入れやすいのも、高取町の魅力だと思う。
おいしくて体に優しい野菜やたまごを育てている農家さんたちがすぐ近くにいる。車を少し走らせればお気に入りのお店だってある。コンビニが近くになくても、たくさんのカフェがなくても、自分の選びたいものや好きな場所がいくつかあれば、それで十分。街中で生活していた時よりも人との繋がりを感じられるし、その関係性も濃いものになった。
何もない町、刺激のない退屈な町。そう思ってこの町を離れ都会に出たけれど、わたしは今、この町の暮らしがとても心地良くて、大好きだ。


ライター 森裕香子
奈良県高取町生まれ。専門学校卒業後、地元を離れ神戸で暮らしながらウェディングプランナーや人事職等を経験。観光で訪れた、新潟の過疎地でのアートイベントがきっかけとなり地域活性化に興味をもつ。2015年にUターンし、奥大和の移住コンシェルジュを経て独立。ライターやカメラマンとして活動。